奈良興福寺の中核である中金堂が享保の焼失以来310年ぶりに再建され10月7日から5日間にわたり法要が営まれています。ニュースで大きく報じられていますので皆様ご承知の事と思います。

この法要の核心が武者小路千家随縁斎若宗匠が5日連続で行われる献茶式と落慶慶讃茶会です。特に濃茶席は藤田美術館さんが席主となり毎日掛物と茶碗を替えるとお聞きしていたので、参加したいものだと思っていました。

そうしますと、嬉しいことにご招待頂きました。指定された日は3日目の10月9日。
土砂降りやら夏日やらが過ぎた9日は秋晴れの爽やかな風が吹きわたる好日となりました。

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朝4時に起き、愛犬の散歩を済ませて、5時半に恵比寿教室を出て、6時過ぎの新幹線のぞみ1号で奈良へ。流石に眠い💤

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奈良には9時過ぎに到着。奈良公園の鹿は、朝早い観光客からせんべいをもらうため、すでに活動中。

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下世話で申し訳ありませんが、60億かかったという中金堂の荘厳なこと、この上なし。思わず手が合わさります。

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落慶法要は
惣礼、舞楽、献茶、唄匿・散華・梵音・錫杖、舞囃子(菊慈童の能)、散歎文、祝辞、読経、宝号、回向文、惣礼
と進行しました。参列された高僧方の数にも驚きました。流石に藤原家氏寺のご威光衰えずです。

こちらは舞楽 振鉾三節 のお帰り。幸いなことに席は通路側最前列に座れましたので、よく拝見できました。

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次に随縁斎宗匠による献茶。実視できましたが、スクリーンにズームインして頂いたので細かな動きを拝見できてよかったです。

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次に奉納能 観世流による菊慈童

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法要後は、興福寺本坊でお濃茶。興福寺本坊は非公開ですから、もちろんはじめて入れて頂きました。

寄付には、鎌倉期の虚空蔵菩薩画が掛けられ、その前に迦楼羅の面が置かれていました。
迦楼羅は仏の守護神だからでしょうね

寄付に展観されていた中で印象に残ったのは
村田珠光作 茶瓢茶杓
茶瓢の本歌を拝見したのは初めてでした。

本席には、次客で案内されました。
会記では床は聖一国師の南都復興の勧進状となっていたのが、法隆寺の華鬘が掛けられていてびっくり。この日だけのドッキリだとか。
床には素晴らしい砧青磁の浮き牡丹龍環耳
天平の仏教美術にぴったりの床飾り。流石に藤田美術館さんと、感心しきり。

釜は雲竜風炉に与次郎の東陽坊が掛けられ、祝いだからあえて中置にはせずとのご説明に、
なるほどと感心しました。

水指は赤の発色の中に丸く抜けがある南蛮芋ガシラで、銘はその景色から秋の月。主茶碗は展観で彫三島 銘はあらがき。三島は武家好みで好きです。
三島の代わりに使われた濃茶碗は一入の赤。一入の赤なら普通は展観ですね。一入らしい黒に赤が浮かんだような綺麗な姿の茶碗でした。

点前の最中に、法要からお帰りの随縁斎宗匠がご挨拶に入ってこられ、席中はさらに華やかになりました。


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濃茶席を終えて、点心を頂きに興福寺会館へ。点心は奈良町の名料亭つる由さん 製。流石にうまい。

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点心後、中金堂の中を特別に案内頂きました。本尊釈迦如来像は江戸期のものに金を塗り直したのだと案内のお坊さまからご説明をうけました。

随縁斎宗匠には、またこちらにも顔を出して頂き、献茶に使った随縁斎宗匠好みの献茶道具一式をみせてくださいました。

金銀の天平香水壺形茶器が美しく、また、
立礼台子がモダンなデザインで奈良興福寺にぴったりでした。

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献茶された濃茶は奈良三彩天目、薄茶は白瑠璃碗。こちらもモダンなデザインが天平文化復興の拠点興福寺献茶らしい。

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中金堂は近くでみあげると一層荘厳さが増します。

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奈良には実父母の墓が霊園にあるので足を伸ばしてお参りしてきました。
僕の肩越し一番手前の2つ並んだ墓が実父母と実祖父母の墓です。


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興福寺さんからお土産に散華を頂きました。
充実した一日でした。

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