炉は亥の月第一亥の日に開くものです。今年は旧暦に従えば旧暦10月8日つまり新暦11月15日です。しかし、今年はその前日にたくさんの稽古が入っていますので、かなり早いのですが恵比寿教室は今日炉を開きました。

毎年書いていますが、猪は摩利支天の使い神です。摩利支天は陽炎の神格ですから突いても斬っても死なず火を点けても燃えません。
だから武士は摩利支天を信仰したのですが、江戸時代に至り、戦乱が収まると摩利支天の御利益は燃えないという側面に注目されてゆきます。それで、摩利支天の使い神の猪の月第一亥の日に火を使い始めるという習いが武士の間で定着して行く訳です。

僕の家には年中行事抜粋という郷里肥後藩の年間の儀式の進行を詳細に書いた書物が残っていますが、そこに亥の子の儀式が詳しく書かれています。また戦国期の先祖の書き残した物にも、亥の子の原形が書かれており、亥の子の風習が宮中から市井に広まったというのとは別に、武士の間では元来亥の子に火を使い始める風習があったのだと思っています。

さて、話が逸れましたが開炉の掛物は
武者小路千家先代お家元 有隣斎宗匠の筆
松に古今の色無し

松は若い松も年老いた松も同じ翠に見えます。
そのことから代々受け継がれる物を大事にするという解釈もできますし、年老いた松も実は激しく新陳代謝して、常に新しい翠の葉を出している、とも解釈できます。

茶道も11月となり風炉から炉に切り替わります。何年も炉の点前は経験している方もまた初心に帰り、炉の運びをきちんと行い基本を見直しましょうという意味で掛けました。

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花は白玉椿と西王母椿に満作の照葉を瓢に入れました。
炉開きには三べを使うと言われます。伊部、織部、フクベです。伊部の水指、織部の茶碗、フクベの花入です。武者小路千家流では、こうした約束はありません。使っても良い程度です。
このフクベの花入は、郷里熊本の水俣の産なので使いました。

今日は椿を上に満作の照葉を下にしました。
掛け花入ではこのやり方は有りです。
面白い入れ方になりました。

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炉開きの菓子は
鶴屋吉信のお汁粉
甘さがちょうどよろしい。

菓子盆は有吉家伝来の黒一文字菓子盆を使っています。

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炉開き初稽古はNYさんが運びの濃茶点前でした。守雪さんに客役をして頂きました。

炉開きですから、炉縁は真塗り、蓋置きは竹。

蓋置は先先代お家元  愈好斎宗匠の花押が入った黒田正玄の作です。

水指は杉本貞光作 信楽焼一重口。茶入は黒薩摩、茶杓は自作の銘 白菊。
風炉先は有吉家伝来肥後藩年中行事抜粋貼り片透かし。
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続く薄茶点前はMHさん。棗は大徳寺高桐院の竹の根で作った中棗 溜め塗りがとても美しい棗です。大徳寺高桐院は僕の先祖の菩提寺です。
先代住職の上田義山老師の花押が蓋裏にある右近の作です。

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主茶碗は玉藻焼 光悦鉄壁写し。
替え茶碗は膳所焼 菊の絵 先代お家元 有隣斎宗匠の箱書があります。

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